福王に従った四氏と奈良輪の地名
どんな伝承か
弘文天皇の皇子福王は、白鳳四年から君津郡袖ヶ浦町の上奈良輪に来住し、菅原隼人・鈴木伊豆・石井兵庫・和田縫殿の四人が随従した。子孫は栄えて一部落をなし、故郷の奈良にちなんで奈良輪と名付けたという。福王が車を止めた所を車所といい、奈良輪東町には福王の墓と伝える円墳があり、奈良輪神社の祭神は福王であるとされる。
原典より
弘文天皇の皇子福王は、白鳳四年から君津郡袖ヶ浦町の上奈良輪に来住したが、この時、菅原隼人・鈴木伊豆・石井兵庫・和田縫殿ら四人が随従した。—— 房総の伝説(平野馨) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
房総の伝説(平野馨)
『房総の伝説』は、平野馨が安房・上総・下総の旧三国、ほぼ今の千葉県に伝わる伝説を選んで編んだ資料集である。ホトトギスやワラビの由来、片葉の芦や頼朝の箸の杉、弘法の井戸、将門や八幡太郎の話、坂戸神社の人身御供、証誠寺の狸など、動植物・石・池・地名・家・祭りにまつわる伝説を市町村名を添えて記す。はしがきに示す自然伝説・歴史伝説・信仰伝説の三部に分け、解説や論評を加えずに書き連ね、似た話のある土地も併せて挙げる。