頼朝の逆さ箸と飯籠塚
どんな伝承か
君津郡平岡村高谷の飯出、いまの袖ケ浦市高谷にある饅頭形の塚で、広さはおよそ百二十坪ある。頼朝が下総へ向かう途中この丘で休んで飯を食べたが、篠を箸の代わりにしたため誤って唇を傷つけた。そこでその箸を逆さに土へ挿し、生えることを禁じたという。以来この丘の上には篠が生えないと伝えられる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説名彙(柳田国男(指導)・日本放送協会(編)/関敬吾・石原美子(編纂)・1949年(昭和24年))
『日本伝説名彙』は、柳田國男の指導のもとに日本放送協会が昭和二十四年に編んだ伝説の名彙である。全国の伝説を、その拠り所となる木・石・岩・橋・清水・淵・塚・坂・屋敷・地蔵などの地物の名ごとに集め、伝わる県郡村名を付して、郡誌・市町村誌や伝説集、民間伝承誌などの出典を括弧で示す。冒頭に柳田の「傳説のこと」を置き、木・石岩・水・塚・坂峠・祠堂の部に分けて、巻末に資料の解説と種類別索引を付す。