金毛窟
どんな伝承か
千町村能実に大光寺という古刹があり、その堂の後ろに石窟がある。およそ方丈ばかりの広さで、金毛窟の三字が刻まれている。寺の縁起によれば、この窟は昔、夢窓国師が東行の日に坐禅された処で、金毛窟の三字は禅師が刻んだものだという。国師が初めここに隠れ棲んだとき、窟を退耕庵と名づけたと『仏統国師年譜』にあり、今も大光寺の近くに御庵と呼ばれる地があって、退耕庵の跡であろうと口碑に伝える。窟門に掛けられた金毛窟の三字は、享保より百年ほど前に、千町村浄徳の住僧某が金毛窟一篇の文字を写し取り、古板に刻んで掛けたものだと言われている。
原典より
千町村能実区に、大光寺といふ古刹があるが、此寺の堂後に石窟がある。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。