御骸村
どんな伝承か
相模の走水で入水された日本武尊の妃弟橘姫の御骸は、波に揺られて木更津の浦に着いた。御衣をここで上げさせ、長生へ還る途中、その尊い御骸を置かせたところ、君津の三黒のあたりで置いたきり動かなくなってしまった。そこで尊はこの地に葬り、墓標を置き、松を植えて印とされた。今の三黒山松見寺は、その御骸を安置した地に建てられたものであるという。この地は初め御骸と名付けられ、後に三黒と書き替えられ、御黒と書かれたこともあった。里のうちに三黒があるのは、御骸の遺称を伝えるものだという。
原典より
相模の走水で入水なされた日本武尊の妃弟橘姫の御骸は、浪にゆられて、木更津の浦に着いた。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。