瘡神観音
どんな伝承か
君津郡長浦村(現袖ケ浦市)久保田区の正蔵寺にある正観世音菩薩は、笠上観音・瘡神観音とも呼ばれる。行基菩薩がこの地に住んでいた時、岩陰に霊光が現れ『われ末世の瘡神なり』との声を聞き、御像を彫刻して観世音菩薩と崇めたのが始まりという。里の阿部左近という者が重い瘡を患い、この尊像にひたすら祈ったところたちまち癒えたことから、瘡や皮膚病平癒の信仰を集めるようになった。今も堂には治癒の御礼として鎌が掛けられている。
原典より
長浦村久保田区正蔵寺(真言宗)の正観世音菩薩は、一に笠上観音、瘡神観音と呼ばれて、本尊は阿弥陀仏で脇士は観音である。—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・明治~昭和初期(推定))
藤沢衛彦編『日本伝説叢書 上総の巻』を全218話・伝説(1見出し=1話)単位で収録(緒言・序・名義・解説・和歌・注は除外/内包)。所在地(郡村区・社寺)を付して集成。