頼朝が母衣を掛けた水室山の衣懸松
どんな伝承か
文明年中、里見義実が真里谷道環の城を攻めた時に本営を置いたという水室山、別名要害山の山上には雨乞塚がある。里人はこれを悪治玉の首を埋めた跡だという。その近くに、源頼朝の母衣を掛けたと伝える衣懸松があった。治承年間、頼朝がこの地を通った際、山に登って母衣を脱ぎ、松の枝に掛けて、わが軍に勝利があるなら永く枯れるなと念じたという。以来、頼朝の衣懸松として知られたが、慶応年中に落雷でこの名木も失われ、名だけが残った。倒れた時の幹の周囲は二十尺に及んだと言い伝えられている。
原典より
文明年中、里見義実が、真里谷道環を此の城に攻めた時、本営を置いたと言はれる水室山(要害山)の山上雨乞塚(里人はこれを愛治玉の首を埋めたる跡といふ)の近くに、源頼朝公の母衣(ほろ)を掛けたと称へらるる衣懸松(ころもかけまつ…—— 日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 上総の巻(藤沢衛彦・日本伝説叢書・1917年(大正6年))
『日本伝説叢書 上総の巻』は、藤沢衛彦が大正六年に編んだ上総国の伝説集である。夷隅・長生・山武・市原・君津の五郡にわたり、地名の由来、社寺の縁起、城と武将の事跡、大蛇や狐つきの怪異、俚謡や民間の風俗を、口碑や『総国誌』などの地誌から集める。巻頭に著者の序と緒言を置き、上総国と郡の名義を説いたのち、郡ごとに町村の所在を添えた見出しで一話ずつ並べる。