雨を呼んだ静御前の舞衣を伝える光了寺
どんな伝承か
古河市中田の光了寺には、静御前の舞衣と伝えるものが納められている。この寺はもと天台宗で、親鸞の弟子となった西願が浄土真宗に改めたという。舞衣の由来は、都で百日の日照りが続いたとき、百人の白拍子を集めて舞わせたが雨が降らず、百人目の静が舞うと院から御衣を賜り、それを着て舞うとたちまち雨が降ったので、蛙龍の舞衣と呼ばれたと伝える。義経が奥州で果てたと聞いた静は、侍女の琴柱を連れて下総まで下り、旅の途中で命を落とした。琴柱は静をこの寺に葬り、墓のしるしに木を植えたといい、舞衣や御衣などはこのとき寺に納められた。栗橋の里には静の墓と侍女の墓、思案橋などの旧跡も伝わる。のちに白河の城主松平定信がこの舞衣を高覧し、宝物の目録が残されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説叢書 下総の巻(藤澤衛彦・日本伝説叢書・1919年(大正8年))
『日本伝説叢書 下総の巻』は、藤澤衛彦が編著し、大正七年の緒言と大正八年の序を添えた下総国の伝説集である。平将門・佐倉宗吾・真間の手児奈・累などを中心に、千葉県と茨城県西部にまたがる旧下総の城跡・寺社・墓・橋・井戸などにまつわる伝説を、地誌や古記録の引用を交えて収める。緒言で百七十九編を収めると述べ、国名の由来から始めて、話ごとに所在の町村名を付した見出しを立てて並べる。