たためぬ傘と開けぬ傘の志和坂
どんな伝承か
洋傘が窪川方面へ入ってきたのは明治一〇年頃だという。東又の平助と友作の二人が、志和の夏の神祭に連れ立って出かけた。あいにくの雨だったので、双方の若嫁が貴重品の洋傘を出してくれた。志和の親族の家に着いたとき、平助はうまく傘をたたんだが、友作はたたみ方を知らず、開けたまま庭にころがしておいた。ご馳走になって帰るころにはすっかり雨が上がり、午後の日ざしが志和坂を焦がしていた。友作は開けたままだったのでそのまま差して涼しく坂を上ったが、平助は閉じることはできても開くことを知らず、頭を日にさらして帰ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 12 写真の怪・文明開化(松谷みよ子・現代民話考(立風書房)第十二巻・1996年(平成8年))
『現代民話考 12 写真の怪・文明開化』は、松谷みよ子が一九九六年にまとめた現代民話の資料集で、同シリーズの第十二巻にあたる。雑誌での呼びかけやアンケート、聞き書きで寄せられた話と新聞・雑誌の記事を、心霊写真をめぐる怪異と、明治以降の電信・汽車・電気燈などの新しい文物や流行病に戸惑う人々の話に分けて収める。話例ごとに本文を掲げて各地の類話を分布として並べ、話者や回答者の名と出典を添える。