江古田の村に時を告げた寺の鐘
どんな伝承か
江古田の蓮華寺には「時の鐘」があった。近在の住民に時計はなく、日が昇れば起き、日が傾けば帰るという暮らしだったが、世の中が進むにつれて時刻を知る必要が生じた。明治の初めごろ、当時の住職が鐘を撞いて時を知らせる代わりに時米を集めたいと願い出て許され、以後は二時間ごとに昼夜六回、木枯らしの夜も嵐の日も休まず鐘が撞かれた。百姓は朝四時の鐘で起き、神田や両国の青物市場へ野菜を積んだ車を曳いて向かった。寺は一握りの引割麦や一文二文の銭を集めて維持に充てたという。撞かれたのは明治の終わりごろまでで、鐘は借り物だったため返された。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。