将軍が上覧した獅子舞のベタ御用札
どんな伝承か
正保年間、鷹狩りに出た三代将軍徳川家光が、東福寺の庭先で江古田の獅子舞を上覧した。その後も幕末のころまで、雑司が谷の鬼子母神境内にある大行院で尾張侯・清水侯・紀州侯の前で舞い、道具一式は櫃に納めて担いで運んだ。その櫃に付けられた「御用」と書いた木札は今も保存されている。この札は「ベタ御用」と呼ばれ、いかなる場合でも獅子舞の荷物に付けることを許された破格の扱いで、将軍上覧という由緒によって幕府から特に認められたものだという。天保四年には田安侯が江古田丸山の名主の別邸でこの舞を見た。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。