トップ > 東京都の伝承 > 新宿区

遊客を帰らせた天竜寺の追い出し鐘

所在地東京都新宿区(天竜寺)
年代江戸時代
登場遊興の武士達
出典城西風土記と昔語り

どんな伝承か

内藤新宿は甲州街道の宿駅として栄え、旅籠屋には飯盛女が置かれた。名目は給仕や雑用だが実際は娼婦で、旅人は茶屋の酒に酔い、旅籠の女に金を費やした。享保三年にいったん宿駅は廃されたが、明和九年二月二十日に再開され、飯盛女の数は品川五百人に対し内藤新宿は百五十人と定められた。街道の往来はいっそう賑わい、旅籠はいつしか娼家に変わって、泰平に慣れて士気を失った武士たちが遊興にふけった。夜が明け、近くの天竜寺の鐘が鳴ると彼らはしぶしぶ帰っていったので、この鐘は天竜寺の追い出し鐘と呼ばれたという。

地図で位置を見る

※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))

『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。

種別から探す

武士飯盛女

新宿区の伝承

同じ種別の伝承

同じ文献『城西風土記と昔語り』の伝承