満州仕込みの白菜を東京で初出荷
どんな伝承か
明治三十七、八年の戦役に従軍して満州に一年ほどいた間、寒さの厳しい冬でも穴蔵に貯えておけばいつでも食べられ、味も良い白菜に感心した。除隊して間もなく種屋に頼んで種を取り寄せ、肥料をたっぷり施して作ったところ、満州のものに少しも劣らない白菜ができた。得意になって浜丁の市場へ出したが、八百屋は珍しがるばかりで、これは西洋料理に使うもので普通の家では使わないと言い、誰も見向きもしない。せっかくの品も二束三文で売れてしまった。当時は三河島菜の全盛で白菜はほとんど出回っておらず、これが東京で最初の出荷だっただろうと著者は述べている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。