妙正寺川があふれた夜の下田橋
どんな伝承か
明治四十三年八月、一日から六日まで毎日大夕立があり、七日から十日は豪雨が続いて妙正寺川があふれた。十一日の午前一時ごろ、著者は近所の者に起こされて飛び出したが、下田橋はすでに流されて、轟々という水音だけが凄まじかった。水車の榎本与三郎の家は床上まで浸かり、四村橋はまだ残っていると聞いて車綱を持ち寄り橋に結びつけたものの、激流に押し流されて食い止められなかった。夜が明けて上流の川中へ行くと、紋白から下沼袋、新井田園にかけての田畑は一面の湖のようになっていたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・昭和初期~昭和中期)