補習学校で授かった処世の歌
どんな伝承か
著者は、杉並区今川町にある東京都立農芸高等学校の前身、豊多摩郡立農業補習学校が明治三十三年四月一日に中野区桃園町で開校したときの、第一回入学生であった。生徒はわずか十六名、教員は森村先生ひとりだったが、駒場の農科大学から週に一度先生が来て、さまざまなことを教えた。そのなかでも、限りない金は世の中に預けてあるのだから、欲しければ働いて取れ、という趣旨の歌を深く胸に刻み込み、今もそれを処世の訓としていると著者は書き残している。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
城西風土記と昔語り(熊沢宗一・1959年(昭和34年))
『城西風土記と昔語り』は、東京中野の江古田に住んだ熊沢宗一が昭和三十四年に著し、自ら発行した郷土誌である。中野長者と淀橋の伝説、御犬小屋や桃園の旧跡、新井薬師、江古田の獅子舞、内藤新宿や高田馬場の昔語りなど、中野と近在の伝説・旧跡・寺社を、古文書や碑文、琵琶歌も交えて記す。全二十章の後半には著者の百姓時代や終戦直後の食糧事情、台風の被害、日露戦争の軍隊日誌を収め、巻末に著者略歴を付す。