幽霊の子をつきもちそうのしんと呼ぶ喜界島
どんな伝承か
子育て幽霊の話では、幽霊の母に育てられた子の幼い名は、たいていどこでも詳しく伝わっていない。そのなかで喜界島では、その子を「つきもちそうのしん」と呼んでいるという。著者は、「つきもち」が「つちもち(土持)」のなまりであることは言うまでもないとし、『昔話研究』二ノ十一を典拠に挙げている。
原典より
幽靈に育てられたといふ子の幼名は詳しくは別に何處でも傳へてゐないが、喜界島は、つきもちそうのしんと謂つてをり、甑島では土持新八となつてゐる。—— 福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
福井縣鄕土誌 民間傳承篇(中塩清之助(編)・福井縣鄕土誌・1939年(昭和14年))
『福井縣鄕土誌 民間傳承篇』は、福井市立実科高等女学校の郷土誌第二輯として教諭中塩清之助が編み、昭和十四年二月付の学校長金岡正孝の序を巻頭に置く。丹生郡の名、哭女、越前萬歳、仏の舞、幸若舞、猫塚、隠れ里、子育て幽霊、愛発の関、弁慶譚、八百比丘尼、水の神女譚を、古文献や他地方の類例と照らして論じる。生徒が集めた県下の昔話は類話をA・Bなどに分けて並べて解説を付し、校正者大村四朗の跋を添える。