砂沢の河童の手紙と米の出る臼
どんな伝承か
昔、世田米の砂沢の大きな淵に河童がすみついた。淵のそばを通った若者は呼び止められて動けなくなり、柏里淵の兄弟へ手紙を届けてくれ、途中で読めば災難に遭うと押しつけられた。若者は石祐神社へ参る途中、川口の荒はばき神社のふもとで腹痛に苦しむ旅僧を介抱した。元気になった旅僧が懐から落ちた手紙を読むと、この男を河童仲間で食べろと書いてあった。旅僧は手紙は自分が届けると若者を家へ帰し、礼に小さなひき臼を渡した。臼を回すと米が出たが、怠け者になった嬶さまが穴を広げると一粒も出ず、怒って砂沢の淵へ投げると臼は江刺へ飛んだ。それで江刺は米どころになり、世田米は米が実りにくくなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
住田町史 第6巻 (民俗編)(住田町史)
『住田町史 第6巻(民俗編)』は、岩手県気仙郡住田町の町史の民俗編から、伝説の節を抜き出したものである。地名・石や岩や水・長者や旧家・社寺や祠堂の四つに分けて、山姥のような老婆と和尚の大股・小股、石にされた姥、河童の頼んだ手紙、櫃割長者の大蛇、座敷わらしなどの言い伝えを収める。世田米・上有住・下有住の集落や山に結びついた話が中心である。