大蛇を斬った櫃割長者の祟り
どんな伝承か
昔、上有住の山脈地に、近くの金山の黄金を都へ売る大長者がいた。運び込まれる金で倉も母屋も長屋も埋まり、目の前の櫃に入れたら重さで割れたので、櫃割長者と呼ばれた。庭の池にまで金を捨てたため、召使が池をさらうと一度に九両も拾え、池は九両ヶ池と呼ばれたという。何代か後、当主の長右衛門が別家の田代家から夜に帰る途中、池に架かる大渡橋で青く光る酒樽ほどの大蛇を見つけ、脇差しで二つに斬った。尾は下流へ流れ、頭は上流のつのがら淵に沈んだ。刀は蛇切丸と名付けられたが、以後家には不幸が続き、長右衛門は正気を失った。池の守り神を斬った報いとされ、刀を長谷寺に納め、大渡橋のそばに蛇王権現をまつったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
住田町史 第6巻 (民俗編)(住田町史)
『住田町史 第6巻(民俗編)』は、岩手県気仙郡住田町の町史の民俗編から、伝説の節を抜き出したものである。地名・石や岩や水・長者や旧家・社寺や祠堂の四つに分けて、山姥のような老婆と和尚の大股・小股、石にされた姥、河童の頼んだ手紙、櫃割長者の大蛇、座敷わらしなどの言い伝えを収める。世田米・上有住・下有住の集落や山に結びついた話が中心である。