平右衛門の五十両の知恵
どんな伝承か
栄村小赤沢を切り開いた一人で、平家の末裔といわれる福原平右衛門は、背丈四尺八寸ほどの小男だったが大変な知恵者だった。ある日三人の息子を呼び、ホーザワトドの山で五十両入りの財布を落としたので一緒に山を刈り払って探してほしいと頼んだ。息子たちは何町歩もの山を刈り尽くしたが金は出てこない。平右衛門は仕方がないと言ってそこを焼き払わせ、跡に油種をまいた。やがて何十俵もの油種がとれて売れると、父は息子たちに、探させた五十両がやっと見つかったと礼を言った。もともと財布など落としてはいなかったのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第4巻 3 (北信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第4巻(三)北信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち北信地方の伝説の章を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・沢と道・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌の順に、条ごとに採集地を添えて短い伝えを並べる。戸隠の鬼女紅葉、黒姫と大沼池の大蛇、久米路橋の人柱、秋山郷の平家伝説など、善光寺平から奥信濃にかけての土地に結びついた話が多い。