蓑と杖を並べる井出一族の暮れ
どんな伝承か
海尻の井出一族はみそか餅をつかなかった。海ノ口城の平賀源心は甲斐の武田信虎に勝って祝いの酒に酔い寝入っていたところを、いったん退いた信虎の長男で十七歳の武田信玄に引き返して攻められ、滅ぼされた。それが十二月二十九日のことだったので、暮れの祝い餅はつかないのだという。代わりに暮れには蓑と杖を縁側に並べる。落城して落人となり、この地に入植した時の苦労を忘れぬためだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
長野県史 民俗編 第1巻 3 (東信地方 ことばと伝承)(長野県史)
『長野県史 民俗編 第1巻(三)東信地方 ことばと伝承』は、長野県史の民俗編のうち東信地方の伝説と世間話を抜き出したものである。植物・石・水・塚・坂と峠・山・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・社寺・地名・禁忌などの伝えを、条ごとに採集地を添えて収める。双子池や白駒の池の主、望月の駒、甲賀三郎、ごまを作らない村々の禁忌、京の岩・宮下・菱野村の七不思議など、佐久・小県の土地の伝えが並ぶ。