地侍が茶釜を沈めた茶釜のどぶ
どんな伝承か
茂田井には茶釜のどぶと呼ばれる池がある。昔はこの池のまわりにも家々があり、堀米様という地侍が住んでいた。武田信玄の時代、相次ぐ戦の余波で堀米様も土地を離れて落ちのびねばならなくなり、その折に大事にしていた茶釜を池へ沈めて去った。これが池の名の由来だという。また、ひどい日照りの年に、ある老婆がこの池から田へ水を引き、作物を枯らさずに済んだとも伝わる。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
望月町誌 第2巻 (民俗編)(望月町誌)
『望月町誌 第2巻(民俗編)』の伝説の節を抜き出したものである。旧望月町(いまの佐久市)の集落ごとに、植物・石・清水と池・岩穴と塚・城と屋敷・田と原・地蔵や観音・稲荷・動物・巨人・化け物・禁忌・カッパ・地名の伝えを並べる。望月の駒と生駒姫、梅円坊の化け物退治、彦狭島王の王塚、長者原の長者、ゴマを作らない村々の言い伝えなどが見える。