大火に泣いた大杉の大蛇
どんな伝承か
享保のころ、九生滝の平堂内に立つ大杉の洞に大蛇が棲んでいた。大蛇は村人に害をなすことはなかったが、享保の大火で大杉が焼けると、洞の大蛇は三日三晩うめき声を上げて泣き、その声は遅沢にまで響いたという。火が収まったのち、大杉の焼け跡に地蔵を祀ったのが今の平堂内地蔵である。大火の火元は師走八日の餅つきに使った竈の火だったため、荒川家ではこの日に餅をつかないと伝えられている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平田村史 第3巻 (民俗編)(平田村史)
『平田村史 第3巻(民俗編)』の昔話と伝説の章から、伝説と世間話の節を抜き出したものである。福島県石川郡平田村の大字・字ごとに、八幡太郎義家や日本武尊にまつわる地名の由来、河童石、姥捨ての十石山、平堂内の大蛇、鶴殺し南兵衛、狐に化かされた村人の話などを収める。阿武隈の山あいの村に残る、石と塚と小さな祠にまつわる伝えが中心である。