権五郎の目を洗った片目魚の池
どんな伝承か
鎌倉権五郎は川樋の岩屋堂での戦いで敵を追い散らし、陣を置いていた岩屋堂へ引き揚げた。その時、どこからか飛んできた流れ矢が右目に突き刺さった。権五郎が抜こうとしても抜けず、見かねた部下が右手で矢を握って引いても動かない。そこで部下はわらじ履きの足を権五郎の額に当てて踏ん張り、ようやく引き抜いた。権五郎は、この矢を射た者はよほど自分に恨みを抱いているのだろうと言い、傷ついた目をそばの池で洗った。池は血で真っ赤に染まり、それ以来そこにすむ魚はみな片目になったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南陽市史 民俗編
『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。