握り飯の煎餅で名を残した娘こうれん
どんな伝承か
越後から反物を担いで来る商人が、赤湯の百姓家に泊まった。その家の一歳ほどの愛らしい娘を見た商人は、息子の嫁にほしいと申し入れ、毎年訪ねては成長を喜んだ。ところが嫁入りを前に息子が亡くなってしまう。それでも娘は約束を守り、十五の年に一人で越後へ旅立った。途中で二色根薬師に参ると日が暮れ、空腹のまま薬師寺の末寺に泊めてもらった。翌日寺を手伝っていた娘は、参詣人が残した握り飯がたくさんあるのを見て、捨てるのは惜しいと洗って干し、粉にして煎餅を焼き、茶受けに出した。これが評判を呼んだ。後家として生きるのも尼として生きるのも一生だと考えた娘は、寺に残って余生を送った。その名をこうれんといったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南陽市史 民俗編
『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。