泣きながら越えた泣坂
どんな伝承か
金沢の三つの坂の一つ、泣坂の名には二通りの言い伝えがある。一つは、七両坂の名のもとになった放蕩息子が、家に帰れば親に叱られるに決まっていると、泣きながらこの坂を下っていったからだという。もう一つは、金沢の鉱夫たちが重い鉱石を籠に入れて坂を下り、帰りには米や味噌、醤油を担いで登ったが、あまりに急な坂なので泣きながら上り下りしたからだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
南陽市史 民俗編
『南陽市史 民俗編』の伝説の節を抜き出したものである。山形県南陽市の白竜湖の由来と東正寺の僧の話、金沢の三坂(七両坂・泣坂・薄雲坂)、猫の宮の猫、二色根薬師、赤湯温泉の起こり、吉野の大黒岩と千人塚、珍蔵寺の鶴、三堀観音などを収める。置賜盆地の湖と温泉と山の寺にまつわる伝えが中心である。