沼の主の大鰻と赤椀田
どんな伝承か
昔、半田に大きな豪農がいて、田植えのたびに手伝いに来る近所の人々を赤い椀でもてなしていた。ある夏、田植えを終えた手伝いの人たちが夕食のおかずにしようと田の中の沼の水をかい出したところ、大石の下に鰻がいた。素手では捕まらないので竹槍で突いて捕らえ、食べてしまった。その後、豪農の家には不運が続いた。占わせると、沼の主の大鰻が、食べられたのは仕方ないが骨を土手にさらされては成仏できないので日の当たらぬ所へ葬ってほしいと告げた。家ではすぐ手厚く葬ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。