元へ戻って巽を向く真光寺の石
どんな伝承か
真光寺の墓地には三角形の大きな自然石がある。武田信玄が白井城を攻めたとき、この寺を本陣にした。勝ち戦を記念する碑にしようと境内の大石を運ばせたが、石は一晩で元の場所へ戻り、南東の巽の方角を向いていた。その夜、白い衣の老人が信玄の枕元に現れ、微笑んで何かを告げると消えた。試しに何度置き直しても石はいつの間にか巽を向く。信玄は石に霊が宿ると悟り、前に祠を建ててまつったという。百日咳の平癒を願えば軽く済むとされ、江戸でも渋川の異石の名で知られていた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。