六部の霊が宿った左剣不動
どんな伝承か
昔、有馬の有力な郷士のもとに六部が赤子を連れて現れ、育ててほしいと預けて去った。子のない郷士はわが子同様に育てたが、七歳のとき六部が戻り、高貴な方の子だから返せと迫った。郷士が拒むと、六部は隙を見て子を連れ西山へ逃げた。郷士は座頭落しのあたりで追いつき六部の右腕を斬り落とし、覆面の武士たちが子を連れ去ると、怒って六部を斬り殺した。のち母が重病になり、行者の祈祷に六部の霊が現れて不動尊を建てて供養せよと頼んだ。造らせた不動は何度彫り直しても剣を左手に持っていた。六部の霊が乗り移ったと悟った郷士は厚く信仰し、遠く武州からも参拝者が来たという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
渋川市誌 第4巻 (民俗編)
『渋川市誌 第4巻(民俗編)』の伝説と昔話の冒頭を抜き出したものである。群馬県渋川市の飛び湯と午年の貝水、千が窪の蛇、弘法様の清水、渋川八名石・有馬五石などの石の伝え、祖母島のあずきとぎ、五居が島、二位寺山、歯黒稲荷などを、伝承の大字を添えて収める。利根川と吾妻川の合う町の、石と水と塚にまつわる伝えが中心である。