石城山の神道天行居で出会った恩師
どんな伝承か
永田光麗は少年のころから人生に疑問を抱き、各地の禅道場を渡り歩いたのち、昭和十八年六月九日に山口県田布施町の石城山にある神道天行居に入信した。翌年召集されて呉の海兵団から台湾方面へ移り、九死に一生を得て昭和二十一年に復員した。その翌年の六月二十五日、天行居の創立者で石城山を開いた友清磐山(歓真)に初めて会い、以後七度の訪問を許されて神界の実相を教わった。昭和二十七年に師が世を去ると、二十年近い苦難が続いたが、天照大御神の名を唱える十言神呪に打ち込むことで、ようやく迷いのない境地に至ったという。
原典より
そして、その翌年の六月二十五日に初めて、神道天行居創立者であり神山・石城山の開山者であられる神人・友清磐山(歓真)先生に相見え、…—— 日本の霊能者(前田博(編)・日本の霊能者) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の霊能者(前田博(編)・日本の霊能者)
『日本の霊能者』は、前田博が編んだ霊能者たちの寄稿集である。広瀬謙次郎の霊夢による予言、慈雲の神々の集会、佐藤妙栄の因縁解脱、松原照子の大予言、永田光麗の十言神呪、久遠あやの神々の警告、宮下文智の神霊治療、鶴田照子の鎮魂など、霊能者たちが自らの霊的体験や修行、予言を語った文章を収める。各寄稿の後に編者による人物紹介を付し、その間に編者の随想「霊能者のひとりごと」と、田口日勝へのインタヴューを挟む。