池の主を射た武者とハンヤ舞の起こり
どんな伝承か
ハンヤ舞は筑後の八女郡星野村の池の山の麻生神社などに残る舞で、鼓と笛に合わせて足を踏む悠長で古風な舞である。山門郡の鷹尾では神功皇后を迎えた里人の舞曲というが、池の山では痛ましい人身御供の伝説を起こりとする。池の山の頂の大池の主が毎年ふもとの村から娘を生贄に求め、怠ると村に災いが続いた。ある年、長者の娘が選ばれて一家が嘆いていると、通りかかった武者修行者が身代わりに立った。夜更けに現れた正体の分からない怪物を弓で射ると、手ごたえとともに姿を消し、翌朝血の跡をたどると裏山の岩の間で死んでいた。村人は喜んで舞い、娘の名からハンヤ舞と呼ぶようになったという。
原典より
即ち池の山の山頂には大きな池がありその池の主が毎年麓の村から處女の犠牲を要求した。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。