おこよが淵
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どんな伝承か
豊後日田の郷にまだ代官の置かれていた頃、巡視中の代官が庄屋の茶汲み娘おこよの美しさに目を留め、無理に側室へ取り立てようとした。だがおこよにはすでに将来を誓った男があり、ある夜二人は連れ立って筑後川の深淵に身を投げた。おこよはすぐに死んだが、男は死にきれず浮かび上がり、家に帰ると死んだはずのおこよが微笑んで端座していた。男は叫んで気を失い、そのまま息を吹き返さなかった。以来この淵は「おこよが淵」と呼ばれ、足を運ぶ者がなくなったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・大正(大正12年・1923年))
大正12年刊、及川儀右衛門が筑紫野(筑前・筑後・肥前・豊前・豊後・肥後の北部九州)で2年間に故老や下宿の婆さん、教え子から聞き集め文献に照らしてまとめた民譚集。序と全六章(一河童・二怪火・三長者・四神事及び歌舞・五山の神秘水の伝奇・六怪異)から成る。
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日田市の伝承
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