稲吉の溜池にたつ呪の木
どんな伝承か
筑後三井郡御原村稲吉には、やや広い溜池があり、その東岸に俚俗呪の木と称する、注連縄をめぐらせた径三尺ばかりの松の老木が茂っている。昔からこの木はよく人の呪詛を叶えると言われた。深い怨みを構えた者は、人の寝静まる頃を見計らってこの木に百度を踏む。白衣の装いに身を固め、小さな桶を逆さに冠って面を隠し、その内側に蠟燭を点じて人目を忍んで訪れ、紙人形か憎い相手の五体を書いた紙に釘を当て、掌で幹に打ちつける。一心不乱なら釘は槌で打つように幹へ入るという。木は蛇や百足を出して胆力を試し、恐れれば呪詛は跳ね返って自らに当たり、途中で人に出会えば効力を失うと伝える。
原典より
若し一心不亂で呪詛の趣が容易に聞届けられさうな場合は恰も槌で打込むやうにごんごん幹の中に入つて行く。—— 炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
炉辺叢書 筑紫野民譚集(及川儀右衛門・1923年(大正12年))
『炉辺叢書 筑紫野民譚集』は、及川儀右衛門が筑紫野で暮らした二年ほどの間に、土地の故老や下宿の老婆から聞いた話、教え子が書き送ってきた物語を文献とも照らしてまとめた民譚集である。筑後を中心に筑前・肥前・肥後・豊前・豊後の河童、怪火、長者の話、神事と歌舞、山と水の伝奇、狐狸や幽霊の怪異を六篇に分けて収め、多くの話に古記録を引いた〔註〕を添える。序の日付は大正十二年六月である。