分家も縁者も筋に染まる山陰の家
どんな伝承か
島根県のT部落で、もと庄屋をつとめ、地主=親方の筆頭であったHC家には分家が二戸ある。この二戸の分家はいずれも藩政時代から地主=親方で、それぞれさらに一戸ずつ分家を出しているが、これら五戸が総本家を中心にまとまることはなく、東北地方にみられるような同族団はつくられない。T部落では分家をイモッチェと呼ぶが、分家の分家は自己のイモッチェとはみなされない。しかし「キツネモチの分家はキツネモチになる」といわれるように、HC家から分れた家は、分家の分家も含めすべてキツネモチとされている。江戸中期以降の後発の入植者が富み、土着農民の反感を買って持筋を形成したと考えられる。
原典より
* 縁切り* 筋の伝播(関東)* 憑きものの内在性と外在性* 家系・血筋をひく妖術* 筋の集団化* **第三章:憑きものの社会的意味*** 死霊が憑く* 祖霊と親族* 憑く憑かれるの関…—— 日本の憑きもの(吉田禎吾・民俗・憑きもの研究・1972年(昭和47年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの(吉田禎吾・民俗・憑きもの研究・1972年(昭和47年))
『日本の憑きもの』は、吉田禎吾が一九七二年に著した人類学の研究書である。キツネ・イヌガミ・オサキなどの憑きもの信仰と、それを家筋で伝える憑きもの筋を、島根・高知・大分などの村での調査事例と古記録をもとに取り上げ、アフリカやヨーロッパの邪術・妖術と比べて論じる。三章立てで、憑きものの正体と特色、憑きもの筋の形成と伝播、憑きものが村落社会で果たす働きを順に述べ、注とあとがきを付ける。