キツネ使いと噂され村を追われた条右衛門
どんな伝承か
千葉徳爾の調べでは、釜無川の上流にある富士見村若宮の名主が安政四年に記した手記に、松目新田と横吹新田の二つの村で狐の一件があったと書かれている。横吹新田の条右衛門はキツネを使うという評判を立てられて村を追われたが、のちに横吹へ戻った。キツネモチとされたのは父の音右衛門だったらしい。音右衛門は六右衛門の分家で、天明四年には床もない土間の家に住み、飢人六人のうちに数えられていた。ところが六人のうち彼だけが十二坪の板敷きの家に移った。急に豊かになった理由は分からないが、その急な致富がキツネモチの名を招いたとみられ、子孫はいまも部落で一、二を争う富裕な家だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの(吉田禎吾・民俗・憑きもの研究・1972年(昭和47年))
『日本の憑きもの』は、吉田禎吾が一九七二年に著した人類学の研究書である。キツネ・イヌガミ・オサキなどの憑きもの信仰と、それを家筋で伝える憑きもの筋を、島根・高知・大分などの村での調査事例と古記録をもとに取り上げ、アフリカやヨーロッパの邪術・妖術と比べて論じる。三章立てで、憑きものの正体と特色、憑きもの筋の形成と伝播、憑きものが村落社会で果たす働きを順に述べ、注とあとがきを付ける。