画家の枕元に座る狸の閻魔大王
どんな伝承か
明治九年ごろ、八幡の町で松前の産物を商う好事家の剛田という家が、京都の画家梅嶺を招いて絵を描かせた。梅嶺は十一月から泊まり込みで仕事をし、三日目からは見晴らしのよい離れの隠居所に移された。その晩、宴で酔って寝入った梅嶺が夜中に寒さで目を覚ますと、行灯のそばに大きな黒いものが座っていた。よく見ると頭が四斗樽ほどもあり、宝冠をかぶった閻魔大王がこちらを眺めている。ところが体は九つか十ほどの子どもくらいしかない不釣り合いな姿で、梅嶺は夜具をかぶって夜明けを待った。朝になって主人に話すと、主人は笑い、隠居所の床下に棲む狸の悪戯だと説明して、狸を呼び出して叱りつけた。その後は何事もなかったという。
原典より
お、寒いとつぶやきながら頭をもたげると、行燈の側に何やら大きな黒いものが座つてゐる—— 実説妖怪新百話 より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
実説妖怪新百話
『実説妖怪新百話』は、著者名の記されない怪談集で、日露戦争の後に編まれたとみられる。本郷駒込曙町の世外庵に住む天保初年生まれの老翁の勧めで、門下生三十六人が籤で順番を決めて百物語の会を開き、自分の見聞や親・知人から聞いた話を語る趣向をとる。武家の妻の執念、化物屋敷、狐狸の化かし、前妻のたたり、漁師の幽霊の帰宅などを、会津・三河・東京・房州館山・野辺地・若狭小浜・盛岡などを舞台に題ごとに並べる。