屋敷にいる間だけ狂う後妻
どんな伝承か
亡妻の遺言に背いて後妻を迎えた紳士の家では、祝言の盃のさなかに灯が暗くなり家鳴りがした。新夫人は縁側で、大きな目で睨み下唇を噛んだ蒼白い女が立っているのを見て、悲鳴とともに転げ落ち気を失う。以後、毎日毎夜、御免あそばせと何かを指さして怯え、泣き笑いを繰り返す狂人になった。ところが不思議なことに、深川の屋敷を離れると嘘のように正気に返る。病院でも実家のある番町でも尋常そのもので、医師は病人ではないと言い切った。回復して屋敷に戻ると、その夜からまた発する。これを三度繰り返して離縁が決まったとき、隣室から心地よさそうな女の笑い声が響いた。襖を開けても誰もいない。紳士は六十になる今も独り身だという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
実説妖怪新百話
『実説妖怪新百話』は、著者名の記されない明治の怪談集である。本郷駒込曙町の世外庵に住む天保初年生まれの老翁の勧めで、門下生三十六人が百物語の会を開き、武家の妻の執念、化物屋敷、狐狸の化かし、前妻のたたり、漁師の幽霊の帰宅などを、自分の見聞や親から聞いた話として順に語る。冒頭の「百物語の開筵」で会の趣向を述べ、続いて会津・三河・江州・若狭・盛岡・八戸などを舞台にした話を題ごとに並べる。