担がれた御堂に道を開けた坂大師の松林
どんな伝承か
下総の銚子町から一里ほど手前の長塚に、坂大師と呼ばれる大師堂がある。本尊の石像は明治の初め、土地の正直な農夫飯田庄右衛門の夢にお告げがあり、大雨の日に人けのない山中から掘り出されたもので、霊験が続いて信者が群がり、高野山から役僧が来るほどの騒ぎになった。のちに庄右衛門へ、丘の中腹の堂を頂上へ移せという夢告があったが、頂までは若松が隙間なく茂っていた。大師は皆で担ぎ上げよと告げ、翌日二十八人ほどで堂を担いで松林へ突き進むと、松が左右に倒れて道が開け、堂が通ると元どおりに起き上がったという。担ぎ手の老人たちは今もこの話をすると伝わる。
原典より
すると不思議、松の木がバタバタと左右へ倒れ靡びいて道が開けた。—— 日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本怪奇集成-明治大正昭和篇(富岡直方 編著)
『日本怪奇集成-明治大正昭和篇』は、富岡直方が編んだ怪奇実話集である。明治元年から昭和七年までに各地で起きた幽霊や狐狸の怪、畸形や奇病、天変や奇瑞、世相の珍事を、当時の新聞・雑誌の記事と筆者自身の聞き書きから集めている。明治・大正・昭和の三篇に分け、話ごとに年月を掲げて通し番号を振り、新聞記事を引いたうえで紙名を末尾に添える形を基本とする。