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七福神の踊りに笑った仏頂面の旦那

所在地徳島県鳴門市大麻町板東
年代幕末
登場大角の旦那、民衆、記録者、笑わない男
出典阿波えゝぢやないか

どんな伝承か

幕末、阿波の板野郡板東町(現徳島県鳴門市大麻町板東)でのこと。師走二十日頃、機を織り糸を繰りながら年頃の娘たちが話していると、撫養の方で「ええじゃないか」と踊る流行が広がっているという噂が出た。そこへ恵比須・大黒・毘沙門天など七福神に扮した一団が「えぇじゃないか」と踊り込んできた。近所の人々が集まり大笑いする中、いつも苦虫を噛み潰したような険しい顔で生まれてから一度も笑ったことがないという大角の旦那も混じっており、皆の興味はその顔に向けられた。すると大角の旦那の眉の根がとけ、ついには唇をほどいてにこにこと笑い出したという。

原典より

一人は機を織り一人は糸を繰りながら、二人の年頃の娘が話し續けてゐた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))

『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。

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