婆さんを取り替えて尉と姥の踊り
どんな伝承か
八十七になる爺さんが、若衆や娘が趣向を凝らして踊るのを見て居ても立ってもいられず、糸を紡ぐ婆さんに何か風を変えられぬかと持ちかけた。尉と姥がよかろうと思いつき、半日がかりで千把と箒に色紙の飾りをつけたが、婆さんは年寄は年寄らしくしろと軽く怒って取り合わず、爺さんは消気て寝てしまった。翌朝、隣の爺さんが来て、互いの婆さんを入れ替えて二組の尉と姥で行かないかと持ちかけると、爺さんは飛び上がって喜び、婆さんもやがてにっこりして賛成したという。
原典より
「婆さん、儂ら踊るのに何ぞ風かへれんか?」若衆や娘達がそれぞれ趣向を凝らして扮装してゐるを見るを、今年八十七の爺さんもじつとしてゐられず、日向で糸を紡いでゐる婆さんに斯う話しかけた。—— 阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
阿波えゝぢやないか(山口吉一・民俗・幕末世相史・1931年(昭和6年))
『阿波えゝぢやないか』は、山口吉一が一九三一年に著した、幕末の「ええぢゃないか」騒動の記録である。慶応三年の暮れに阿波で起きたお札降りと踊りの騒ぎを、県内の古老五十余人からの聞き書きと郡村史誌などの記録によって、起因・神異・服装・歌謡・禁忌などの面からたどる。徳島日々新報への連載をまとめたもので、概観篇・詳述篇・挿話篇・補遺篇から成り、鳥居龍蔵の序、話者の古老の一覧、太田明の「御下り踊私考」を付す。