鬼来迎の由来・降ってきた鬼面
どんな伝承か
千葉県匝瑳郡光町虫生の広済寺で、新盆の十六日に演じられる地獄劇鬼来迎の由来である。鎌倉時代、薩摩の禅僧石屋が諸国行脚の途中で虫生に立ち寄り、妙西信女が地獄の底で苦しむさまを見て、父の椎名安芸守に告げた。安芸守は娘の菩提を弔う寺を建てた。建久七年の夏、激しい雷雨の日に寺の庭へ青・黒・赤の鬼面と奪衣婆の面の四つが降ってきたので、石屋はこれを保存した。別の寺伝では、同じ夢を見た仏師の運慶・湛慶・安阿弥が虫生を訪れ、閻魔大王などの面を彫って自ら仏教劇を演じたともいう。
原典より
その中の月の六日、激しい雷雨があり、寺の庭に仮面が降ってきた。—— 怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
怪談の世界(山田野理夫・1978年(昭和53年))
『怪談の世界』は、山田野理夫が昭和五十三年に著した怪談の研究随筆である。遠野での佐々木喜善と柳田国男の出会いから説き起こし、家・山・木・石・道・水・火に現れる妖怪、憑き物、鬼と天狗、生霊・死霊・幽霊の話を、著者の聞き書きや各地の民俗資料、古典・芝居から集め、沖縄の話で結ぶ。章立ては江馬務と柳田国男の妖怪分類を参考にしたもので、民俗学の資料と文学作品の両面から怪談をとらえようとしている。