小瀬村の人夫を騒がせた叫びと黒雲
どんな伝承か
小瀬口の戦は六月から七月に及び数度あった。編者は桂主馬組で武者奉行を命ぜられ、五月から小瀬村に出張していた。岩国の諸村から人夫数百が出て、小瀬村の農家の宿四五軒に集まり、昼は終日運送に働き、夜は各宿に帰って重なり合うように寝ていた。盆過ぎのある夜、月色が晴れ渡って涼しかったが、突然、鯨波の声のような音が山岳に鳴動した。人を遣ると、人夫の一人が縁先で転寝をして恐ろしい夢を見たか、起き上がって一声叫び、満室の人夫がその声に驚いて一同起き上がり鯨波を揚げたのであった。同じ夜、桂主馬の宿の上では家来の原牧雄らが、月明の空を小瀬峠の方から黒雲のようなものが尾を引いて村の半ばを横切るのを見たという。
原典より
小瀬口戦争、六月ヨリ七月二及ビ数回アリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年))
『岩邑怪談録』は、岩国藩士広瀬喜尚の怪談録に後人の増補と続録を合わせ、岩国徴古館が昭和五十一年に発行した資料集である。岩国周辺で人々が出会った化物・大坊主・生首・怪火・狐狸・天狗倒し・幽霊などの話を収め、藤田葆が編んだ『岩国沿革志』のうちの二冊を底本に、なるべく原文のまま新字に改めて載せる。広瀬の本録に、今田純一の追加、藤田の続怪談録と実事談・変死、静間密の付録五話を続け、巻末に語注を付す。