婦人の俗名まで言い当てた和尚の霊感
どんな伝承か
引越しの晩の騒ぎを受けて、福岡さんは日ごろ敬う和尚がちょうど東京に来ていたのを思い出し、電車で堀ノ内の寄留先の寺を訪ねた。渋る和尚に頼み込んで大井町の家まで来てもらうと、和尚は霊感によって、この家ではかつて一人の婦人が非業の死を遂げたと告げ、その俗名まで言い当てた。福岡さんは仮の仏壇をしつらえ、名を書いた紙を貼って胡麻を焚き供養した。家主を訪ねて尋ねると和尚の言葉どおりで、数年前、借家人の若い夫が妻の貞操を疑い、幼子を抱えた妻を殺したのだと打ち明けた。
原典より
鹿児島和尚は、霊感によつて、この家のなかへ、かつて、不慮の死を遂げた婦人のある旨を告げ、而もその俗名さへも明示した。—— 夏の夜の怪談(森岡英一・新天地 1943年6月号) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
夏の夜の怪談(森岡英一・新天地 1943年6月号)
『夏の夜の怪談』は、森岡英一が書いた一篇の怪談実話である。灸点師の「福岡さん」が十年ほど前に東京・大井町で借りた家で、三歳の末娘、長女、妻が次々に見知らぬ女の姿を見、妻は赤子を背負って佇む横顔まで認めたという出来事を、本人から聞いた話としてつづる。霊感のある和尚の見立てと家主の告白から、以前その家で夫に殺された若い妻の霊とされ、寺に霊位を納めて鎮まるまでを語り、最後に霊魂の実在を科学で証すことの難しさに触れて結ぶ。