四か村を襲った嘉永四年の大洪水
どんな伝承か
守山領の西境を蛇行しながら北上する阿武隈川は、しばしば氾濫を繰り返し、川筋の村むらに壊滅的な打撃を与えた。とりわけ嘉永四年七月、御代田・横川・阿久津・大供の四か村を見舞った大洪水はすさまじいものであった。村むらの土手堤は押し切られ、人家の床上まで水が押し入り、田畑の多くは欠け崩れ、なかには住居屋敷地までも欠け崩れる村が出た。山ぎわの村むらでは山水が押し出し、田畑や家屋が数日間水に浸かった。家財・農具はもちろん食物まで残らず押し流され、田畑は数町にわたって砂置きとなり、耕作不能の土地に変わり果ててしまった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。