江戸から届いた八万粒の薬
どんな伝承か
文久二年九月二十一日、江戸から暴瀉病の煎じ薬が、ひとり一粒あてで八万粒、守山へ届いたと『年中公私日記』に記されている。暴瀉病は今日のコレラで、この年、領内にも流行の兆しがあった。同じ年には薬方を記した廻状も村々へまわされ、文政五年に大坂道修町の雪松庵という名医が施した「虎頭殺鬼雄黄円」の処方が写し伝えられている。雄黄・雌黄・白芷・鬼臼・虎頭骨などを細かく砕いて丸め、絹の袋に入れて男は左、女は右に付けよという、まじないに近い薬であった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。