守山領を襲った暴瀉病の第二波
どんな伝承か
安政五年、守山領で暴瀉病が流行したと記録されている。暴瀉病とは今日のコレラで、当時はコロリとも虎狼痢とも呼ばれた。わが国での第一次流行は文政五年とされ、安政五年の第二次流行は全国におよぶすさまじいもので、とりわけ江戸の被害が大きかった。七月二十七日から九月二十三日までの五十五日間に、江戸中の寺院が取りあつかった死者は二十六万八千五十七人にのぼったという記録も残る。となりの二本松領でも安政元年と同五年にコロリの流行があった。守山領の死者数は分かっていない。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・昭和中期(推定))
本書は江戸時代の陸奥奥州守山藩領における『御用留帳』を史料とした、近世農村の医療事情と心霊現象の研究である。狐憑きや物付きなどの精神疾患が、祈禱や指籠入れ(座敷牢)によって治療された実例を14件詳述する。天明・天保の飢饉や流行疫病(疱瘡、麻疹、コレラ等)への対応と並行して、乱心者の社会的処遇、責任能力の鑑別問題、欠落(逃亡)との区別が論じられている。