安政六年のコロリと道仕切り
どんな伝承か
小清水の鯖石神社に伝わる「歳代記」第二号によれば、安政六年七月中より柏崎・出雲崎・寺泊・新潟・鉢崎・高田・今町・糸魚川など浜辺通り一帯に不思議の病気が流行した。男女とも病みつくや五体が動かなくなり、物を言うこともできず、震えながら身がすくんで一日一夜のうちに死ぬので、名を「そろりころり」といったという。加納村では十八、九人が死んだという噂もあった。そこで近村ではそれぞれ鎮守の祭礼と疫神斎の祈祷祭を執り行い、同年八月十七日から二十日にかけて、与板・西の入・小清水・大沢・森近の五か村で村々の出入口や道口に注連を張り、疫神除けの道仕切りをした。おかげで悪病の障りはなかったと記されている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。