座敷牢を破って消えた狂気の理八
どんな伝承か
延享二年、守山領山中村の理八が指籠を破って逃げた。理八は狂気とされ座敷牢に入れられていたが、牢の造りが粗末だったのか、番人の油断があったのか、外へ出てしまったのである。藩は村役人らを厳しく叱った。指籠の拵えが粗相であり、番人も村役人も見回りを怠っていた、こうした事が他領にまで聞こえるのは所の恥であり、所の恥は御上の名にまで及ぶ不届き至極である、というのである。理八自身は乱心して自ら死んだものと判断され、是非もないこととして取り調べはおこなわれなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情(昼田源四郎・1985年(昭和60年))
『疫病と狐憑き-近世庶民の医療事情』は、精神科医の昼田源四郎が昭和六十年に著した、江戸時代の村の医療を描く本である。奥州守山領(現・福島県郡山市の一部)の『御用留帳』を主な史料に、村人の暮らし、医師と医道修行、疫病と祈禱、湯治、乱心と狐憑き、受刑者の治療、行倒れの継ぎ送り、間引きと養育手当などを、書き下した原文を引いて跡づける。序と凡例、全八章、あとがき、注、索引からなり、発行所はみすず書房である。