養父母を斬った御水夫清蔵の最期
どんな伝承か
慶応三年丁卯八月十三日の夜、今津の人で本下の詰所の宅にいた御水夫清蔵という者が、養父母二人を斬り殺した。室内は鮮血淋漓の大騒動であった。清蔵はすぐに宅を駆け出してどこかへ去ったが、また立ち帰り、今津の開作地で自殺して死んだ。狂気であろうかとの説である。官よりただちに検視があり、清蔵の死骸は沙走りで打首に命ぜられ、川下村の渡し場に梟首された。
原典より
慶応三年丁卯八月十三日夜、今津ノ人、本下ノ下/詰/所/宅二御水夫清蔵ト云ヘル者、養父母両人ヲ斬殺シタリ。—— 岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
岩邑怪談録(広瀬喜尚(増補:今田純一/続録・編:藤田葆/付録:静間密/昭和版編集:宮田伊津美)・1976年(昭和51年))
『岩邑怪談録』は、岩国藩士広瀬喜尚の怪談録に後人の増補と続録を合わせ、岩国徴古館が昭和五十一年に発行した資料集である。岩国周辺で人々が出会った化物・大坊主・生首・怪火・狐狸・天狗倒し・幽霊などの話を収め、藤田葆が編んだ『岩国沿革志』のうちの二冊を底本に、なるべく原文のまま新字に改めて載せる。広瀬の本録に、今田純一の追加、藤田の続怪談録と実事談・変死、静間密の付録五話を続け、巻末に語注を付す。