保久八幡社の御鍬社に残る慶応三年の棟札
どんな伝承か
額田郡下山村大字保久字宮下の八幡社には境内社として御鍬社があり、その棟札の表に御鍬大明神を祀り天下泰平と国土安全を願う文言が、裏には慶応三年十月二十三日の日付と、当所の万福寺十六世雲光、庄屋兼蔵ら村役人の名が記されている。御鍬百年祭と明記されてはいないが、この年に御鍬祭が営まれたことを示す資料である。時期が遅いことから、ええじゃないかが最も盛り上がった頃に御鍬の神を祀った例と著者は見ている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
ええじゃないか始まる(田村貞雄・1986年(昭和61年))
『ええじゃないか始まる』は、田村貞雄が一九八六年に著した幕末の民衆運動「ええじゃないか」の研究書である。慶応三年に三河から遠江・駿河へ広がった御札降りの発端を、牟呂村の「二夜三日正月」、御鍬百年祭、吉田宿の助郷騒動、秋葉信仰との関わりから、村方の文書や日記、市町村史の史料をもとに追う。はしがきに続く八章で発端から波及、仕掛人をめぐる諸説、祭の後の「代替わり」までを論じ、主な史料はその原文を別組で示す。