大風の日に黙って立っていた老婦人
どんな伝承か
三月八日、東京は午後一時ごろから天候が一変し、春先には珍しい西向きの突風が吹き荒れた。筆者はいつものように明治神宮の外苑を一時間ほど歩いて戻り、信濃町の停留所の角を曲がったところで横なぐりの風に襲われた。空の色は何とも言いようがなく嫌な色をしている。総理大臣邸の角を曲がって自宅の方へ入ると、坂の下の角に、長女の嫁ぎ先の母で七十二になるおすがが風を避けて立っていた。いつもなら笑って挨拶するのに、この日は押し黙ったまま門の見えるところまで来てじっとこちらを見つめ、心残りな様子で帰っていった。それから一月ほどして、おすがは急に亡くなった。
原典より
ごく最近の経験をお話ししよう。—— 私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
私は幽霊を見た(東雅夫(編)・MF文庫ダ・ヴィンチ)
『私は幽霊を見た――現代怪談実話傑作選』は、東雅夫が編んだ怪談実話のアンソロジーで、メディアファクトリーのMF文庫ダ・ヴィンチの一冊である。平山蘆江・火野葦平・佐藤春夫・徳川夢声・遠藤周作・柴田錬三郎から石原慎太郎・新倉イワオ・稲川淳二まで、作家や文化人が自ら見聞きした幽霊や怪異を書いた文章を集める。目次には二十三篇と編者解説が並び、水木しげる・山田野理夫・桝井寿郎の座談「怪談詮議」や中岡俊哉「イタコの謎を追う」の抄録も含む。