大久保で聞いた広島の祖父の声
どんな伝承か
昭和二十三年、二十五歳だった叔母の美恵子は、疎開先の八王子を離れ、新宿の大久保にひとりで住んでいた。そこは祖父の周太郎が自分の手で建てかけた家で、当時はまだ人家もまばらな草原の中だった。祖父は空襲で神楽坂の店と住まいを焼かれ、再起をかけてこの土地を求めていたのである。九月十五日の夕暮れどき、商用で関西から九州へ出ていたはずの祖父の声が、数十メートル先から美恵子を呼んだ。飛び出しても姿はなく、草を分けて道まで探しても見つからない。翌朝、広島の病院から危篤の電報が届く。駆けつけたときには穿孔性腹膜炎で六十一年の生涯を閉じており、息を引き取った時刻は、あの声を聞いた時刻だったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話(松谷みよ子・民話・口承文芸・2003年(平成15年))
『現代民話考 ― 死の知らせ・あの世へ行った話』は、松谷みよ子が編んだ現代の民話の聞き書き集で、二〇〇三年一月付の文庫版まえがきを持つ筑摩書房の文庫版である。一九七八年に発刊された『民話の手帖』を通じて全国から寄せられた回答を中心に、臨死体験、死の知らせ、寺へ来る死者、生まれかわりの話を収める。「あの世へ行った話」「死の話」「生まれかわり」の三章の冒頭に編者の論考を置き、細目ごとに所在地・話者・出典を添えた類話を並べる。